このアルバムの3つのポイント

ベルリン・フィル in 東京 (20001126)
ベルリン・フィル in 東京 (20001126)
  • 2000年のベルリンフィル来日公演でヤンソンスが唯一指揮したサントリーホール演奏会
  • 興奮のるつぼに引き込んだ名演
  • ヒラリー・ハーンの日本デビュー

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は1957年の初来日から2023年で24回目の来日公演をおこないました。私も2023年11月のサントリーホール公演に行ってきましたが、他のオーケストラと次元が違うベルリンフィルの凄みに衝撃を受けたものでした。 (紹介記事)

ヘルベルト・フォン・カラヤンが首席指揮者になってからベルリンフィルの海外ツアーは首席指揮者が振ることが多くなり、これについてはベルリンフィルの元首席ティンパニ奏者の文章にこのようにあります。

この旅行 (1961年末のカラヤンとカール・ベームによるベルリンフィルのアメリカ演奏旅行)が終ると、演奏旅行を客演指揮者が振ることはまれになった。 (中略) 最近になってようやく彼以外の名も見られるようになったが、それはカラヤンの年齢と健康状態が配慮を必要とするようになってからである。

ヴェルナー・テーリヒェン (高辻 知義 訳)『フルトヴェングラーかカラヤンか』

確かにベルリンフィルの来日演奏の履歴を見ると、1957年の初来日時にはカラヤンがメインでしたが副指揮者のウィルヘルム・シュヒターも振っていましたが、それ以降はずっとカラヤン。1986年はカラヤンの病気のため小澤 征爾が代役を果たしていますが、1988年は再びカラヤン。そしてカラヤンが亡くなり次の首席指揮者であるクラウディオ・アバドと1992年と来日公演をおこない、94、96、98年と隔年で来ています。例外は2000年でアバドとともにマリス・ヤンソンスが来ていました。サイモン・ラトルとは来日公演で皆勤ですが、2019年は首席指揮者に就いたばかりのキリル・ペトレンコではなくズービン・メータ。そして2020年はグスターボ・ドゥダメルが予定していましたがコロナ禍でキャンセル。4年ぶりのベルリンフィルの来日となった2023年に満を持して首席指揮者のペトレンコと来たというわけです。

アバドの友達として付き添った2000年のヤンソンス

アバドは2000年5月1日のヨーロッパ・コンサートでベルリンフィルを指揮し (紹介記事)、その後で胃がんが見つかり、手術と療養のため以降の演奏会をキャンセルすることになりましたが、2000年11月後半〜12月初旬の来日公演は指揮することに。しかし、もしものために友人であるヤンソンスに依頼をします。2022年7月に出版された書籍「マリス・ヤンソンス すべては音楽のために」に以下のような記述があります。

(中略) ヤンソンスは特別なツアーに出かけている。これも2000年のことだが、手兵であるピッツバーグ響とではない。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と日本へ出かけたのだ。しかし客演指揮者として出演したのでもなければ、むろん彼がシェフだったわけでもない。そもそもこのツアーでは、一度もタクトを振っていない。癌と闘病中だったベルリン・フィルの音楽監督クラウディオ・アバドから、もしなにかあったときの代役として、日本ツアーに同行してくれないか、と頼まれたのだ。競争心と嫉妬が渦巻く指揮者の業界では、普通ならありえない話だ。
「クラウディオとはとても良い関係にありました」とヤンソンスは言う。
「友人としてあたりまえのことをしただけです」
そして、リハーサルにも本番にもできるだけ立ち合うか、あるいはすぐ駆け付けられる場所にいた。アバドは病気のためひどくやつれ、万全というには程遠いコンディションだったが、なんとかすべての予定を最後までやり抜いた。ヤンソンスはスタンバイしただけで終わる。

マルクス・ティール (小山田 豊 翻訳)「マリス・ヤンソンス すべては音楽のために

しかし、これは事実と異なるところがあり、実際には4つのプログラムのうち1番 (ベートーヴェンのエグモント序曲、ピアノ協奏曲第1番、交響曲第7番)、2番 (ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、交響曲第6番)、4番 (ヴァーグナー『トリスタンとイゾルデ』)の計7日間の演奏会はアバドが指揮を全うしまして、11月26日の1日だけのプログラム3 のみがヤンソンスが指揮をしました。曲目は以下のとおりです。

  • ヴェーバー: 歌劇「オベロン」序曲 J. 306
  • ショスタコーヴィチ: ヴァイオリン協奏曲第1番 Op.77 (ソロ:ヒラリー・ハーン)
  • (アンコール) J.S. バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番 BWV1001
  • ドヴォルザーク: 交響曲第8番 op.88
  • (アンコール) ドヴォルザーク: スラヴ舞曲 Op.72, B.147 第7番

長らく廃盤になっていたこの映像作品が2024年3月にBlu-ray Disc で再プレスされたのでこの機に購入してみました。また他にもベルリンフィルのデジタル・コンサートやApple Music のミュージック・ビデオでも視聴できます。

ヤンソンスは2001年5月1日のヨーロッパコンサート、2002年6月23日のヴァルトビューネでもベルリンフィルを指揮して、体調不良のために2002年にベルリンフィルのポストを辞任したアバドを支えました。そして2000年はピッツバーグ交響楽団の首席指揮者を務めていましたが、ヤンソンスの指揮者としての名声はめきめき上がり、バイエルン放送交響楽団(2003年〜)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2004年〜)の両首席指揮者を兼任する全盛期を迎える時期でもありました。

日本デビューとなった20歳のヒラリー・ハーン

ヴェーバーのオベロンの序曲で始まったこの演奏会。手の障害で指揮棒を持たない時期でしたがヤンソンスの指揮は隅々まで行き届き、熱気ある演奏をおこないます。ベルリンフィルのメンバーも音楽を楽しんでいる表情が映像で感じ取れました。初っ端の曲からブラボーと喝采を浴びるヤンソンスとベルリンフィル。

続く曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番。独奏のヒラリー・ハーンはこのとき20歳で、翌日 (11/27)が21歳の誕生日でした。まるで妖精のようなまばゆいお姿ですが、この日が日本デビューだったとのこと。そして続く11/29、12/3ではアバドのタクトでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲も演奏しています。

ヤンソンスが得意とするショスタコーヴィチで、ベルリンフィルからひんやりとする空気感を生み出しています。ハーンは表情は硬いですが、演奏は精密で集中力を要するカデンツァでも完璧。演奏後の拍手に応えてアンコールではJ.S.バッハの無伴奏ソナタを演奏しました。ショスタコーヴィチとバッハの組み合わせは合いますね。

プログラム後半のドヴォルザークの交響曲第8番ではヤンソンスは暗譜で指揮しています。2008年のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日公演でドヴォルザークの同曲を聴いた後にこのような文章が音楽の友に載りました。

ドヴォルザークの第8番といえば、ヤンソンスは2000年のベルリン・フィルの来日公演でも取り上げていた。そのときは、ヤンソンスの情熱とベルリン・フィルのパワーに圧倒されたが、客演ゆえか、音楽の作りは緻密とは言い難かった。

山田 治生, 音楽の友 2009年1月号「表紙の人」

なので、ずっとベルリンフィルとのドヴォルザークを観たかったのですが、このBlu-ray で夢が叶いました。

薫るような冒頭の立ち上がりはヤンソンスらしいですし、フルートが抜群にうまいです。展開部ではベルリンフィルの重厚感が感じます。全休止でピタッと止めたり、フレーズが変わる前にテンポを落としたり、ヤンソンスの魔術が遺憾なく発揮されています。

第2楽章では低音の広がりが見事で、フルート独奏とクラリネットの掛け合いがうまいです。トゥッティから変わる空気感。展開部へはゆっくりといざない、ティンパニが乾いた音で強調されます。そして澄み切った高音がまるで空気のように軽い。第3楽章はヤンソンスが踊るように指揮をし、ベルリンフィルから官能的な美しさを引き出しています。第4楽章ではベルリンフィルの底力が発揮され熱気ある演奏に。

確かに後のコンセルトヘボウ管との緻密さと豪華なサウンド、バイエルン放送響との密度の高いアンサンブルと透明感のあるドヴォ8と比べると、ヤンソンスの目指した方向性の違いはありますが、やっぱりこの圧倒感はベルリンフィルならではで格別です。

万雷の拍手に応えてアンコールではドヴォルザークのスラヴ舞曲の第7番。これも熱気溢れる名演でした。

友人アバドのために付き添ったベルリンフィルの来日公演で、一夜だけの演奏会で聴衆を興奮のるつぼに引き込んだヤンソンス。熱気高く後のヤンソンスの甘美さも感じる特別なコンサートです。

オススメ度

評価 :5/5。

ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
指揮:マリス・ヤンソンス
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2000年11月26日, サントリーホール (ライヴ)

Apple Music で動画の視聴が可能。

特に無し。

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