フィンランド出身の指揮者、クラウス・マケラ (1996年1月生まれ)は20代にして既にスウェーデンのスウェーデン放送交響楽団の首席客演指揮者 (2018年〜)、ノルウェーのオスロ・フィルハーモニー管弦楽団 (2020年〜)の首席指揮者、フランスのパリ管弦楽団も2020年秋から音楽顧問、2021年から音楽監督を務めています。

オスロフィルとは初共演の数カ月後に首席指揮者の打診があり、「互いにリスクは感じていましたが、相性が良く音楽的にも合うという直感があった」ということで引き受けることに。※1

パリ管との兼任についても、「パリ管はずっと共演したかった楽団でした。初共演の時は驚きました。恐ろしく繊細でどこにもない響きだった。(中略) 色彩豊かな音色、弾むようなリズム感。常に望む以上のものを返してくれます。ただオスロ・フィルがあるので音楽監督になるのは迷いました。二つの楽団の掛け持ちが音楽的に可能なのかと。でもパリ管の魅力には勝てなかった」と後に語っています。

さらに2027年からオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任する予定のマケラ。コンセルトヘボウ管とは2回目の共演後に首席指揮者への正式なオファーがあったとのことですが、「今は手いっぱいで無理だが2027年からなら」と答えたというマケラ。オスロフィルとの契約が2020年から7年間なので、パリ管とのポストも満了してから満を持して臨みます。2024年現在は芸術パートナー (artistic partner) としてコンセルトヘボウ管の指揮台に立っています。

2023年12月25日に本拠地コンセルトヘボウでおこなわれたクリスマス・マチネのコンサートではメンデルスゾーンの序曲や歌曲とベートーヴェンの「英雄」を組み合わせたプログラム。全ての音が澄み切っていて、映像で聴いて鳥肌が立ってしまうほどの感動ものでした。「英雄」では対向配置で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのステレオ効果を出しつつ、スポーティな洗練された新時代のベートーヴェンを示していました。第4楽章の最後の和音が終わると観客全員からスタンディングオベーションの拍手を浴びていました。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮するクラウス・マケラ (2022年11月25日)
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮するクラウス・マケラ (2022年11月25日)

さらにシカゴ響の音楽監督にも

そして4月に発表されたのが、アメリカのシカゴ交響楽団の第11代の音楽監督への就任のニュース。ちょうどマケラがシカゴ響に客演するタイミングで発表されました。こちらもコンセルトヘボウ管と同じく2027年から就任する予定。今年 (2024/25)のシーズンでマケラがシカゴ響を指揮するのは2週間ですが、その後はシカゴ響に貢献する期間を増やす予定です。シカゴ響就任後は最低でも年に14週間の予定で10週間が本拠地での演奏、そして4週間が演奏ツアーの指揮を務めます。

21世紀になってからはオランダ出身のベルナルト・ハイティンクが首席指揮者、フランス出身のピエール・ブーレーズが名誉指揮者として2人体制を取り、さらに2010年からイタリア出身のリッカルド・ムーティが音楽監督を務めていて、ヨーロッパのビッグネームの指揮者を呼んでくる方針でしたが、一転して2022年4月に初共演したばかりだった若手の指揮界ホープに期待した人選ということでしょう。

こちらの記事で書いたように私も2023年10月のサントリーホールでのオスロフィルとのシベリウス・プログラムに行ってきました。ステージにマケラが現れるとパッと明るい光が射し込むようで、オーケストラのメンバーの目がキラキラとして、マケラの滑らかな指揮に時には熱く、時には官能的に応えていたのが印象的でした。

マケラがなぜオーケストラから引く手あまたなのか、自分なりに理由を考えてみました。

才能があるから

マケラは「両親も親類も音楽家ばかり」という家系に生まれます。父親がチェロ奏者、母親がピアニストで幼い頃から音楽に馴染み、チェロや合唱に取り組みました。児童合唱団でオペラに出演したときには舞台のモニターで見た指揮者に衝撃を受けて、「指揮者はチェロ奏者と違いオペラのすべてを演奏できる。それで指揮者になりたいと思った」と語っています。神童ではなかったと自ら話していましたが、プロになる厳しさを知っている両親から音楽家になることを押し付けられず、むしろ他のことをやることを勧められたのですが、自らシベリウス音楽院でチェロと指揮を学び頭角を現しています。

「指揮者も演奏家だと思っています」と語るマケラ。「もし指揮者がオーケストラの楽器を何一つ演奏できなかったら高い技術を持つ演奏家たちに指示など出せないでしょう」と話しています。

音楽を愛しているから

マケラを見ていると、音楽を本当に愛していることが伺えます。ドキュメンタリーでは、アロド弦楽四重奏団の演奏でマケラがチェロを務め、ヴァイオリンの美しさに聞き惚れて入るミスしているエピソードがありました。

レパートリーが広く、北欧のシベリウスはスペシャリティですし、幼少のときから好きなモーツァルトをはじめ、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブルックナー、マーラー、ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどそれぞれのオーケストラの特徴を活かしてさらにレパートリーを広げています。

ショスタコーヴィチは無条件に好きです。モーツァルトと同じく私の心に響き、何度聴いても感動します」と語るショスタコーヴィチ。2022年6月来日して東京都交響楽団に客演したときにもショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」では音楽評論家の山崎 浩太郎 氏から「鮮烈無比の演奏だった、長身痩躯、長い手足をしなやかに動かす指揮は、俊敏にして明確。オーケストラと聴衆を瞬時に惹きつける、強いオーラがある。 (中略) 音が敏捷に立ち上がり、どんなに強大な音量になっても澄みきって、濁らない。完璧な造型。」と絶賛。※2

その一方で初めて指揮したマーラーの交響曲第6番「悲劇的」については「完成度は及ばなかった。だが音の鮮度の高さ、澄んだロマンとキレのよい響きには、傑出したものがあった。」とあり、まだまだ成長途中であることを伺えます。

オーケストラの自主性を重要視するから

一昔前の巨匠指揮者と違い、今や指揮者の押し付けではなくどうオーケストラのメンバーのモチベーションを高め、自発的に良い演奏を引き出すかが肝。マケラはインタビューで、あるところでうまくいったやり方が他でも良いとは限らない。自分の中の道具箱を使い分けていると語っていました。オーケストラの自主性を引き出して高みを目指すマケラはオーケストラからも愛されるわけです。

指揮者は何か言うのに3回は我慢します。オーケストラの演奏をいちいち止めて細かい指摘をするのは時間の無駄でしかない」と。

好意的な意見の一方で、批判的な意見もやはりあります。

英国ガーディアン誌のAndrew Clements (アンドリュー・クレメンツ) 氏は、アンチ・マケラの最先鋒と言えるでしょう。2024年3月21日に書いたパリ管とのストラヴィンスキーのペトルーシュカを始めとするアルバムのレビューでは、5段階評価の3つ評価で、何も啓蒙を与えないと辛口のコメント。シベリウスの交響曲全集でも3つ評価で「イライラするほど不均等」と書いていましたし、マケラがなぜそれほどの優良株になったのか理解できないとのコメントを残しています。

【ガーディアン誌】Stravinsky: Petrushka; Debussy: Jeux; Prélude à l’Après-midi d’un Faune album review – flat and muted

目が離せない指揮者

名門オーケストラとのコンビによってますますの活躍が期待されるクラウス・マケラ。今後の快進撃に目が離せません。

参考・引用

  • ※1 ブリュノ・モンサンジョン監督のドキュメンタリー「クラウス・マケラ ほとばしる情熱」 (Towards the Flame)
  • ※2 日経新聞 2022年7月12日夕刊
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